ほんと日替わりが好きね


by darsmilk
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裸のサル

ホーキンス博士「人類は他の惑星に入植すべき」
「車椅子の物理学者」として著名なスティーブン・ホーキンス博士が、人類は将来、他の太陽系のある惑星に入植すべきだと語った。ホーキング博士は30日のBBCラジオに出演し、将来、惑星衝突や核戦争などの大災害により人類が滅亡の危機にさらされる可能性があることを指摘。その解決策として、宇宙に飛び立ち他の惑星で入植することで、人類の安全を図ることができると述べた。その一方で、従来の化学燃料ロケットで入植に適した惑星に辿り着くまでには、5万年はかかる、としている。(ロンドン 30日 ロイター)
5万年って意外と早いじゃん、とか思った
と同時に、こういうスケールの大きな話というか、桁外れの時間軸で物事を見ようとする話とか、一瞬「バカバカしい」と思いながらも、1秒、1秒、生きている現在の自分とかるく比較してみたりして
ふと、「あれ?あれあれ?( ゚o゚)(゚o゚ )」みたいな気分になったりする、なってみたりする
5万年後、本当に太陽系の他の惑星に移り住めるのかどうかは置いといて、5万年後はどうせ俺死んでるよっていうことも置いといて、考える尺度みたいなもんが、一気にぐぐぐわーんと広がったりする

一般的に、恐らくこういう時に使う言葉は「ちっぽけな自分」とかなんだろうね
ベタなところだと、雄大な景色、自然美なんかを目の当たりにした時につかう表現
だけど!なんか違う
なぜなら、よく言う「ちっぽけな自分」は、自然なりなんなりに対する無力感のような感覚から発生する敗者的な、敗北感を含む表現だから、負けてるから、人類が

そうじゃない言葉が欲しい、ほしぃ、ほすぃ、のだ、今、我は

日常を生きるのに精一杯で遠い未来のことなんて考えていない、気にしていない
何かをして、100年、200年先まで名を残そうとする人もいるだろうが、多くの人間が考えるのは個人が、自分が生きていくであろうこの先100年未満、長くても我が子、我が孫の時代まででしょ、だしょ
自分に、自分は「人類」に属しているんだ、と自覚させてくれる作用が施された時
そんな時、ふと、横浜在住である前に福島県出身で、福島県出身である前に○○町出身で、○○町出身である前に○○家の次男で、○○家の次男である前に人類(人間)だ、と
根元の根元まで立ち返って、人類として考える機会を与えられたときの感覚
この感覚を「ちっぽけな自分」で表すのはやっぱり変だ
これをなんと表現する!!

とりあえず「ちぇすぬーん」で

ちぇすぬーんとした時、何を思うか
つまり、自分は人類なんだと自覚した時に、なにを思うのか

人類は地球という場所に脊索動物門ほ乳綱サル目ヒト科に属する動物の一種として存在し、他の生物たちと共存しているが、この人類の住処である地球の環境は刻々と変化し、さらには人類内での様々な争いにより自らの生きる場所を破壊し続けている昨今、人類は種の保存の為に地球以外の星へ移住しなければならない

とホーキンス博士に倣って思え、と言っているわけではなく
ちぇすぬーんとした後の感覚よりも、ちぇすぬーんとすること自体に意味がある、と
ちぇすぬーんとすることで、地球で共存している他の動物たちへの愛を深めるも良し
地球環境の危機を知りエコに関心を持つも良し、なんでも良し

ちぇすぬーんが遠因となり、目線を、視野を一瞬でも変えることができたら、これ最高
もちろん、こういう効果は「ちっぽけな自分」と表現する感覚でも得られるんだろうけど、やっぱりなんか違うんだって、個々人に立ち返るイメージというかなんというか、そっちが優先されてる気がするから

そうじゃなくて、ちぇすぬーんは「人類」の存在を感ずるのだよ

ということで、あなたもわたしも人類に属する動物として12月も生きていきましょー
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by darsmilk | 2006-12-01 23:59 | ● etc.